大判例

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東京高等裁判所 平成4年(行コ)93号 判決

控訴人

内山重喜

内山久子

内山日出子

内山静夫

内山純子

内山万寿代

内山千恵美

古川幸枝

保戸田芳美

渡邊潔

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

上野操

伊藤嘉健

伊東卓

被控訴人

江戸川税務署長

渡辺邦男

右指定代理人

渡邊和義

外三名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人らの昭和六二年七月一六日相続開始に係る相続税について平成元年四月二〇日付けでした原判決別表1記載の各更正処分(ただし、同表記載の国税不服審判所長の裁決及び被控訴人の再更正によって取り消された部分を除く。)のうち、同表「修正申告」欄記載の各課税価格、納付税額を超える部分及び同表「税額等」欄記載の各過少申告加算税賦課決定(ただし、同表記載の国税不服審判所長の裁決及び被控訴人の変更決定によって取り消された部分を除く。)をいずれも取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  本件事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二事案の概要」に摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決四枚目裏一行目末尾の次に「右昭和六二年二月二四日から昭和六三年六月一四日にかけて、首都圏においては土地の価格が急騰していた。」を加える。

2  原判決五枚目裏一行目の「しており」を「しているところ」に改める。

3  同五枚目裏九行目の「ものにすぎず、」の次に「評価基本通達に基づく評価基準によって評価することが個別的、具体的妥当性を欠くような」を、同六枚目表四行目末尾の次に「このように、評価基本通達は統一的処理という行政上の要請に基づく便宜的なガイドラインとしての意味をもつものにすぎないものということができる。」を加える。

4  同六枚目表九行目及び一〇行目の各「交換価格」をそれぞれ「交換価値」に改める。

5  同六枚目裏一〇行目の「相続開始の直前に」から同一一行目の「本件土地を取得し」までを「相続開始の直前に、相続税負担の不当な回避を企図し、資産運用ないし投資目的のいずれの見地からも経済的合理性を有しないのにこれを無視して異常に高額の金員の借入れを行って本件土地を取得し」に改める。

6  同八枚目表二行目の「とおりの」を「とおり」に改める。

7  同九枚目裏七行目から八行目にかけての「至っている。」の次に「被控訴人の主張する評価方法は、評価基本通達が課税庁自らが定めて適用してきたものでありながら、その基準によるのが不都合になると途端に評価基本通達の適用はなくその評価額よりも著しく高額な客観的交換価格で評価するというものであって極めて身勝手なものである。」を加える。

8  同一〇枚目表四行目の「また、」の次に「法二二条は評価の方法に関する規定であって、評価とは当該財産の客観的性質や状態をどのように考慮していくかという問題であり、納税者の実質的公平を害するような特別な事情がある場合には例外的に他の方法によるというのは法二二条の解釈の範囲を逸脱しており、右のような解釈を正当化する他の根拠規定も存在しない。被控訴人の」を、同八行目末尾の次に「なお、被控訴人の指摘する評価基本通達6の定めも租税法律主義の趣旨からすると納税者に不利益に解釈することは許されないのであって、右定めは評価基本通達による評価額よりも市場価格が低額になった場合などに適用されるべきものであり、また、評価基本通達によって評価することが著しく不適当となったか否かはその対象財産の形状、置かれている状況等の要因について判断されるべきもので、本件のように借入金等によって土地を取得したというような事情を捉えて市場価格により評価するなどということを許容する定めでもない。」をそれぞれ加える。

9  同一〇枚目裏二行目末尾の次に「右規定は土地等の評価に関する特例を定めた創設的規定であり、本件のように右規定の適用前に取得した土地等については右規定の適用がないことは明らかである。そうである以上、なんら法的な根拠もないのに評価基本通達によることなく市場価格により評価することは許されないというべきである。」を加える。

10  同一〇枚目裏一〇行目末尾に次のとおり加える。

「 被控訴人は、地価高騰期において、納税者が評価基本通達による土地の評価額と市場価格との間に開差が生じているのを利用して相続税の負担を免れるという状況を作り出しているような場合に評価基本通達による評価額によることは右のような工作をするための多額の借入れができない者との間で課税負担の公平を害する結果となる旨主張するが、借入金による土地購入は、特に多額の財産を有する者のみがなし得るものではなく、通常は誰でも可能なもので、その機会自体は均等に与えられているのであるから、評価基本通達による土地の評価額が市場価格よりも著しく低く設定されている状況下で、借入金による土地購入を行った者が相続税の負担軽減を受けることができ、他方これを行わなかった者が相続税の負担を軽減できなかったとしても、それは均等に与えられた機会を利用したか否かに係るのであって、借入金によって課税価格が圧縮され相続税の負担が軽減されるのは評価基本通達による評価額が市場価格よりも著しく低額に設定されていることに起因するものである以上、被控訴人の右主張は失当である。

当時、本件のように土地購入のための借入をなすことは通常の経済活動としてありとあらゆる企業や金融機関が行っていたものであり、それがいわゆるバブル経済現象として日本経済全体が異常だったと評するのであればともかく、本件のみを不合理で異常な経済行為であるかのように主張するのは不当というべきである。」

三  証拠関係〈省略〉

理由

一当裁判所も、相続税の課税価格となる相続財産の価額の算定に当たっては、評価基本通達による評価を原則とすべきであるが、右評価方法によらないことに特段の合理的な理由があり、かつ、評価基本通達によらない評価方法が客観的で妥当性を有するものである場合には評価基本通達によらない他の適正な評価によることが許されると解すべきであって、本件はまさに右のような場合に当たると認められるから、控訴人らの本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第三争点に対する判断」に摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決一一枚目表三行目の「客観的な交換価格」の次に「(当該財産の客観的交換価値を示す価額)」を加え、同九行目の「評価価額」を「評価額」に改める。

2  同一二枚目表七行目末尾に次のとおり加える。

「 控訴人らは、評価基本通達6の定めも納税者の不利益に解釈することは許されず、市場価格が評価基本通達による評価額よりも低額になった場合などに納税者にとって有利に適用されるべきものであり、また、評価基本通達によって評価することが著しく不適当となったか否かはその対象財産の形状、置かれている状況等の個別的な要因について判断されるべきものである旨主張する。しかしながら、評価基本通達の定めは、一般的で通常の状態にある財産の評価に関する取扱いを基本的なものとしつつ、課税の公平、適正の見地から評価基本通達の基本的な定めによって評価することが税負担の公平の見地から具体的妥当性を欠き、著しく不適当と認められるような場合に例外的に他の適正な評価方法によるべきことを予定しているものというべきであって、評価基本通達6の定めもこの事理を規定しているものということができる。そして、右規定にいう「評価基本通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる」場合というのも、控訴人らが主張するように市場価格が評価基本通達による評価額よりも低額になった場合など納税者に利益であるときに限定して適用されるべきものではなく、評価基本通達1(3)の定めに従って「その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情」を考慮して評価基本通達によって評価することが著しく不適当と認められる場合をいうものと解すべきである。したがって、例えば一般的な経済事情、当該不動産の所在する地方の不動産取引市場の動向等いわゆる市場性の変化により評価基本通達による評価方式を形式的に適用すると実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである場合などには例外的に他の適正な評価方法によって評価することが是認されるというべきであり、控訴人らが主張するように、評価基本通達によって評価することが著しく不適当となったか否かはその対象財産の形状、置かれている状況等の個別的な要因に限定されるものでもない。」

3  同一二枚目裏二行目の「事実からすれば、」の次に「当時、首都圏においては土地の価格が急騰している状況にあったから、」を加える。

4  同一三枚目裏三行目の「経済的合理性」から同四行目の「取引によって」までを「資産運用ないし投資目的のいずれの見地からも経済的合理性を有しないのに、これを無視して異常に高額の金員の借入れを行って本件土地を取得したことによって」に、同五行目の「他に」から同七行目の「納税者」までを「右のような方法による課税価格の圧縮を図らなかった者」にそれぞれ改める。

5  同一五枚目表三行目の「経済的合理性を無視し」を「資産運用ないし投資目的のいずれの見地からも経済的合理性を有しないのに、これを無視し」に改める。

6  同一五枚目表八行目の「ところ」を「であるから」に改める。

7  同一五枚目裏六行目冒頭から同一六枚目表六行目末尾までを次のとおり改める。

「 しかし、法二二条にいう「時価」が相続開始時における当該財産の客観的交換価値を示す価額をいうものと解すべきことは前記のとおりであり、右価格は、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいうものであって(評価基本通達1(2))、これはいわゆる市場価格と同義である。ただ、この市場価格を具体的な財産ごとに個別的に評価する方法をとると前記一のような種々の不都合が生じるところから、課税実務上は、評価基本通達を定めて、そこに定められた画一的な評価方式によって相続財産を評価することとされているのである。そして、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地からすると、特別の事情がない限り右評価基本通達に定められた評価方式によるべきであると一応いうことができる。しかし、評価基本通達に定められた評価方式によるべきであるとするのも右のような理由によるもので、本来ならば個別の財産ごとにそれぞれの市場性に係る多くの事情を考慮して評価すべきところを主に税務行政上の要請によって右のような措置がとられているに過ぎず、評価基本通達による評価額が市場価格に比して低めに設定される傾向にあるのも税務執行上の経済性、効率性等の理由によるのであって、評価基本通達による評価額が市場価格に比して一定の限度で低額に設定されるのも止むを得ないというべきであるが(このような事情のもとで設定された評価基本通達による評価額も法二二条にいう「時価」ということができ、この限度で右「時価」概念も一定の幅をもった概念ということができる。)、一般的な経済事情、当該不動産に係る市場性に変動が生じ、短期間のうちに地価が異常なまでに高騰し、税務行政上の理由等で右変動を的確にその評価額に反映させることができず、その結果、評価基本通達による評価額と市場価格との間に著しい格差が生ずるに至ったような場合にはむしろ評価基本通達による評価額をもって法二二条にいう「時価」ということができなくなるというべきである。評価基本通達6の定めも評価基本通達による評価額が市場価格と著しく相違し「時価」ということができなくなるような事態が生ずることを想定したものということができる。」

8  同一六枚目裏一一行目の「評価基本通達」から同一七枚目表二行目末尾までを「租税行政の立場から、租税回避事例に対して迅速かつ適正な措置を実現するために設けられたもので、同法施行前の租税回避事例に対して、評価基本通達による評価額によることなく市場価格によって課税措置をとることを否定するものではないというべきである。」に改める。

9  同一八枚目表五行目の「法二二条にいう」から同七行目の「困難である」までを「法二二条にいう「時価」の意味は前記のとおりである」に改める。

二そうすると、右と同旨の原判決は相当である。

よって、本件控訴をいずれも失当として棄却することとし、控訴費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条本文、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人 裁判官 原敏雄)

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